旭川生まれの哲学者の「ポスト3・11論」を読みました。

8月から読み始めていましたが、「防災の日」の今日、読み終えました。

『脱原発と工業文明の岐路』という著作で、本の帯には、「哲学は、3・11をどう受けとめるのか」と記されています。

共著者の岩佐茂氏と高田純氏は、ともに1946年に旭川で生まれ、近代ドイツ哲学、環境哲学、環境思想を専門とする哲学者です。

本書は、巨大地震、巨大津波と重大な原発事故が重なった、人類が経験したことのない災害である“3・11”に対して、環境哲学、環境思想の角度から思索をめぐらせ、21世紀の経済社会のあるべき姿を提言しています。印象的だった部分を引用、紹介します。

「化石燃料も原子力発電も、現代の工業社会を支えるエネルギー源としての役割を担ってきた。だが、化石燃料は地球温暖化をもたらした。絶対に安全でなければならない原発は過酷事故をひき起こした。工業社会の屋台骨がゆるぎ出したのである」

「なぜ、産業が自然破壊をひき起こしたのかが問われなければならない。この問題の考察が不十分であるために、一方で、産業と科学・技術に対する楽観的な立場が後を絶たず、他方でこれへの反発として反文明的・反科学技術的立場が主張される。私たちが構想する脱工業社会は機械制工業を否定するものではない。それは工業を含めた産業全体を自然の物質循環に適合したものへ転換することによって成立するのであり、そのために新しい科学・技術が必要になる。この点では、脱工業社会は前近代や反近代の立場には立たない」

「21世紀の脱原発・脱化石燃料の社会を支えるエネルギーは、自然エネルギー(近い将来には水素エネルギーも含め)が担うことになることはまちがいない」

「人間の力がどれほど大きくなろうとも、自然の営みは人間の力を超えている。そのことを自覚し、自然にたいしても謙虚になるべきである」

「『自然の支配』という観念、あるいは自然の制御という視点に基づいて労働し、生産することと、人間と自然の関係の制御という視点から労働し、生産することとでは、労働や生産のあり方が異なってくる」(下線はおぎう)

「循環型社会には、大量生産-大量消費-大量廃棄の大量廃棄を大量リサイクルに置き換えただけの循環型社会もある。これは、大量リサイクルするために大量のエネルギー消費を必要とするため、持続可能な循環型社会とはいえない。循環型社会といっても、大量リサイクル-大量エネルギー消費の循環型社会と維持可能な循環型社会の二通りの方法がある」

「グローバル化は、全面的に否定されるものではない。人びとの活動や交流の可能性を飛躍的に高めた。そのことは、グローバル化のプラスの側面であろう。だが、資本主義的経済システムのもとで推進されてきたグローバル化は、疎外された形態で展開されてきた。新自由主義は、そのイデオロギー的表現である」

「人間への搾取は自然への収奪であるというのがマルクスの視点である。このマルクスの思想を今日どのように生かすべきなのか、そのことが問われている。これは、脱工業社会の課題といえよう」

「ポスト3・11を生きる日本人は、被曝のリスクを抱え込んだ生活を強いられているのである。そこから逃げることができない以上、被曝の現実と向き合い、『理性的に怖がる』(安齋育郎氏)必要がある。リスクを抱え込んでいるのに安全を吹聴することは、逆に不安を助長させるだけである」

教えられること、共感することの多い著作でした。

しかしただ一点。「社会主義は崩壊した」「東欧社会主義体制の崩壊」「残された社会主義のなかで中国は」などの記述には同意できません。
私は、崩壊したソ連・東欧は社会主義ではなく、今の中国を“社会主義に到達した国”とは見ていないからです。

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プロフィール

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〇1949年旭川市永山生まれ 
〇正和小、明星中、旭川西高、宇都宮大学卒業  
〇家族 妻、2男(札幌と横浜に在住)、猫4匹(ねず、とら、みけ、ぎん) 
〇趣味 昆虫の観察と研究。ジョギング。
〇写真は、「さようなら原発全道1万人集会」(2012年10月13日。1万2千人が参加)の会場で写したものです

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