「大」新聞が、社説で事実を歪曲したら、国益を損ねます

「米議会や欧州議会などは、旧日本軍が『女性を強制的に性奴隷化した』といった、誤解に基づく対日批判決議を採択している」

驚くべき主張、事実の歪曲です。

23日付『読売』社説の叙述です。

安倍内閣が、天皇を政治利用し、沖縄をはじめ国民的批判を無視して「発効記念式典」をひらいたサンフランシスコ平和条約。

この条約で日本政府は、極東軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決の受諾を、国際社会に誓約しました。以下は、その判決の抜粋です。

「日本軍は長沙を占領した後に、同地方の到る所で、殺人、強姦、放火およびその他数々の残虐行為をほしいままに行った。それから江西省の桂林と柳州へ向けて、さらに南下した。桂林を占領している間、日本軍は強姦と掠奪のようなあらゆる種類の残虐行為を犯した。工場を設立するという口実で、かれらは女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した」(『極東軍事裁判速記録』第10巻)

同裁判では、他にも、引用するだけで目がくらむような、おぞましい、「慰安婦」の「強制連行」の数々の手口が、認定されています。(『前衛』2012年10月号の小松公正氏の論文を参照してください)

同社説の標題は「維新VSみんな 改憲論議が失速しては困る」です。

日本の国際公約でもある、憲法9条を亡き者にしようとしている社説執筆者の、気持ちがわからないではありません。

しかしこれは、『読売』自らの墓穴を掘るのみならず、国際問題になり、ひいては日本の国益をも損ねかねない「社説」です。








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パトルール中に、けがをしました

ぼくはとら。12歳です。

おととい、パトロール中に、お尻をけがしました。

なぜ?

どうして?

ねこは、尻もちをつかないはずなのに?

実は、なわばりに侵入したねこに、お尻の毛皮を直径1センチくらい喰いちぎられたのです。

痛かったです。

ぼくの傷を見つけたおとうさんは、「よしよし。よくがんばった。ここを怪我したということは、とらも相手のお尻にかみついて、巴になって闘ったんだな。よくがんばった」とほめてくれました。

ぼくは、お父さんの信頼にこたえるために、と言うより、自然に足が向いてしまうんだけど、傷をものともせず、今日もパトロールをつづけています。

ところで、真相は?

巴になって噛みつきあったのでしょうか?

転進しようとするぼくと、お尻にかみついている侵入者と、一直線だったのでしょうか?

それは、ひみつです。

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アベノミクスの破たんは宿命? 「行く先々で大破たん」の竹中平蔵氏の軌跡にみる

竹中平蔵氏が、安倍内閣の産業競争力会議の議員になっています。

「自由放任・弱肉強食の古い資本主義=新自由主義」を信奉する竹中氏の行く先々で、大破たんが起こりました。

その1:自民党小泉内閣では、経済閣僚として、貧困と格差を拡大し、日本を「10年以上経済成長が止まり、国民の所得が減る」という「例外国家」にするうえで、小さからぬ役割をはたしました。このため、自民党は2009年に政権から転落しました。

その2:その後竹中氏は、韓国の李明博前大統領の「国際諮問委員」をつとめ、「いまこそ李明博の政治主導の経済政策に学べ」などという論文も書いています。李明博政権下の韓国は、あの米国や日本よりも労働分配率は10%近く低く、人口当たりの自殺率は日本を上回ってOECDでワースト1でした。国民の批判に直面した李氏の与党ハンナラ党は、セヌリ党と党名変更を余儀なくされ、「後継者」の朴槿恵現大統領は、李氏とは正反対の政策をかかげました。

その3:竹中氏が2012年の総選挙で、日本維新の会の「候補者公募委員会委員長」をつとめたことは、記憶に新しいことです。維新の会の破たんと惨状はご承知の通りです。

こうしてみると、安倍内閣も同じことになるのでしょう。それもこれも、竹中氏と彼を重用した人たちが、「古い資本主義」の信奉者だからでしょうか。




アベノミクスは破たんしはじめている 

今日午前中、6月2日の演説会のご案内で、いくつかの企業を訪問しました。

「仕事のうえで、運送業者や荷主の苦境が伝わってくる。こんなに急に円安がすすんで。何とかならないのか。元凶のアベノミクスを何とかしてほしい。共産党は、どういう提案をしているんですか?」

「結局、原発再稼働にすすむのでしょうか?原発は動かしてはならないと思います」

「建設業なので、駆け込み需要でとても忙しいが、反動が心配」

など、アベノミクスは、すでに破たんし始めていることを感じました。

おなじさがし

わたしはみけ。11歳です。

0歳のときに、交通事故で、あごの骨と牙の先端を折って3週間入院したので、体重は同じ日にうまれたぎんの3分の1の3キロです。そのせいで、4人兄妹では一番身軽で、メタボの心配もありません。

わたしの顔で、「おなじさがし」をして遊びませんか?

もんだい わたしの顔に、左右対称のところが、何か所あるでしょうか?目や鼻や口、耳、ひげはかぞえないでください。

ヒント この遊びには、あまり長い時間はかけないように。

こたえは、ページの下の方にあります。

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こたえ ひとつもありません

「アベノミクスで潤っているのは大企業や大金持ちだけ」 有権者はしっかり見ています

今日は、市内の南部地域で、民間大企業OBとOGのご夫妻と一緒に、彼らの元同僚宅を訪問しました。

対話では、「有権者はしっかり見ている」ということを、あらためて痛感しました。

「株が上がった、景気が良くなったというけど、潤っているのは大企業の経営者や大金持ちだけ」

「菅さんが、あれだけ雇用雇用と言っていたのに、ぜんぜん良くなっていない。子や孫たちが可哀そう」

「国会の過半数で憲法を変えるなんてとんでもない。孫の将来が心配」

など、思いの丈が語られました。

2人の方が、『しんぶん赤旗』を購読してくださいました。

1時間余で、5人もの方が『しんぶん赤旗』を購読してくださいました

旭川市の北部地域で、日本共産党の地域支部の人と一緒に訪問活動をしました。

どこでも、「アベノミクス」や改憲への批判と、激励をいただきました。

「安倍は調子に乗りすぎだ。くい止めなければ」

「国会の憲法審査会で、改憲に反対しているのは共産党だけですね。がんばってください」

「今の憲法は、平和だけでなく、いろんな面で私たちを守ってくれることがわかりました」

(『赤旗』日曜版12日号の、有馬頼底臨済宗相国寺派管長の記事を見て)「こんな人まで、共産党を評価してくださる。でも、このことを知っている人が少なすぎる」

お会いした5人全員が、『赤旗』日曜版を購読してくださいました。

「荻生さん!」と大声で呼びかけられ、「憲法改定させないで」と訴えられました

先週金曜日の午後7時半過ぎ、「原発ゼロ金曜行動」に参加した後、平和通を歩いていました。

すると、背後10メートルくらいのところから、「荻生さん!」と大きな声が聞こえてきました。一瞬立ち止まると、「共産党の荻生さん!」と重ねて呼びかけられました。

振り返って、声の方向に歩み戻ると、どこかでお会いしたことのある人です。

「〇〇〇〇の△△です」と言われて、思い出しました。

去年一度懇談した、農業関係の方でした。

その方は、「憲法変えられてしまいます。共産党さん頑張ってください。紙智子さん押し上げますからっ」と言われました。

「TPPは言わずもがな。共産党が伸びて、憲法改悪をくい止めてほしい」という思いがひしひしと伝わってきました。

映画『リンカーン』を見ました

連休中に、映画『リンカーン』を見ました。

かつて奴隷だった人びとと一緒に暮らし、合衆国憲法に新たに「奴隷制禁止」を書き込むことによって、1862年の「奴隷解放宣言」を失効させまいとする、リンカーンの苦闘が描かれています。

「奴隷解放」に抗する南軍や野党との闘争とともに、夫、父親としての苦悩が描かれており、感銘しました。

リンカーンは、厳しい内戦のさなかで、年若い脱走兵の処刑を阻止します。

内戦を終えて前線を訪れ、「戦争を終えて最初の仕事が処刑では、悲しすぎるではないか」と、敗北した南軍兵士への寛大な処遇を指示します。

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南北戦争と言えば、マルクスとリンカーンが書簡をとりかわし、互いに敬意、激励、感謝を交わしたことが、よく知られています。

その土台には、「疾風怒濤の時代」といわれた1848~49年の革命後、マルクスやエンゲルスの友人たちがアメリカに亡命し、その多くが南北戦争では北軍に参加して闘ったという事実があります。

アウグスト・ヴィリヒ(1810-1878)はその一人です。『マルクス・エンゲルス全集』35巻の人名索引には、「もとプロイセン陸軍少尉。政治的信念のために軍務を離脱し、大工になった。共産主義者同盟員。1849年にはバーデン=プファルツ蜂起で義勇軍の指揮官。53年に合衆国に移住。南北戦争では北軍の将軍」とあります。

後年エンゲルスは、1882年にマルクスの次女ラウラに宛てた手紙で、「われわれ将校は、レマン湖畔にあるホテルに宿泊していたのです。湖に面した樹下の広場では、ヴィリヒが彼の二頭の馬を訓練するのを常としていました」と回想しています。

「将軍」というあだ名をもつエンゲルスも、疾風怒濤の時代には、義勇軍の将校だったのです。







冬は去りましたが・・・

ぼくは、とら。他の3人の兄弟よりも1歳年長で12歳です。

ぼくだけ、野良の経験があるので、縄張りのパトロールは、毎日つづけています。変な手術をされてしまったせいで、「命がけで縄張りを守る」なーんて気持にはなれませんが、パトロールはやめられません。

寒い冬は毎夕30分くらい、春から秋はほぼ終日パトロールします。

今は、冬が終わったので、夜8時ころ出発しますが、明け方は寒くて我慢ができなくなるので、帰宅してお母さんの布団にもぐりこみます。

冬は、大好きなお母さんとスキンシップしたくて、夜通しお母さんの枕の真ん中で寝ていて、お母さんは枕の端っこしか使えません。お母さんは毎朝のように、「とらのせいで、首が痛くて寝不足よ」とぼやきます。

今は、お母さんが起きる頃に帰宅するので、ちょうど良い目覚ましになるようです。

今年は、冬が終わっても、なかなか春が来ません。農家のひとびとは、農作業が遅れて困っているようです。

ぼくも、早く春らしく暖かくなって、一日中パトロール出来るようになれば良いなと思います。

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プロフィール

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Author:FC2USER441061ZKS
〇1949年旭川市永山生まれ 
〇正和小、明星中、旭川西高、宇都宮大学卒業  
〇家族 妻、2男(札幌と横浜に在住)、猫4匹(ねず、とら、みけ、ぎん) 
〇趣味 昆虫の観察と研究。ジョギング。
〇写真は、「さようなら原発全道1万人集会」(2012年10月13日。1万2千人が参加)の会場で写したものです

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